手帳に自分を合わせるのではなく、自分に手帳を合わせる
先日の記事で今年使う手帳の構成について書きました。
バイブルサイズが2冊に、M5サイズが1冊。
役割を分けてそれぞれに意味を持たせた構成です。
その時点では「これで一年いくぞ」とわりと本気で思っていました。
……とはいえ、正直に言うと年の途中で手帳の構成を変えることは珍しくありません。
むしろ「また変えたな」と自分でも思うくらい、頻繁に見直しています。
でも、それでいいと思っています。
なぜ手帳構成は途中で変わるのか
手帳を変える理由は、決して「飽きたから」だけではありません。
- 仕事の内容や立場が変わった
- 家庭の状況が変わった
- 追いかけている目標が変わった
- 生活リズムが変わった
- あるいは単純に気分が変わった
こうした変化は年単位ではなく、もっと短いスパンで起こります。
半年、下手をすると数ヶ月で必要な情報量や管理の仕方はガラッと変わってしまう。
それなのに
「年初に決めたから」
「せっかく買ったから」
という理由だけで、同じ手帳の使い方を続けるのは、どこか無理があると感じています。
手帳を変えることに罪悪感を持たなくていい
手帳好きな人ほど、
「途中で変えるのは良くない」
「ちゃんと使い切らないといけない」
そんな気持ちを抱きがちです。
私自身も、以前はそうでした。
リフィルが余ると「もったいないな」と思い、
構成を変えたい気持ちを押し殺していたこともあります。
でも、ある時ふと気づきました。
手帳を使い切ることが目的になっていないか?
本来、手帳は
・目標を整理するため
・思考を可視化するため
・日々を少しでも楽に、前向きに進めるため
の「道具」です。
道具に自分を合わせて疲れてしまったら、それはもう本末転倒です。
「同じ手帳を使い続ける」ことの落とし穴
もちろん、同じ手帳を長く使い続けること自体は悪いことではありません。
使い慣れることで書き方が洗練されたり、思考が安定したりするメリットもあります。
ただし、それが
「変えないこと」
「崩さないこと」
そのものが目的になってしまうと少し危険です。
- 書くスペースが足りないのに我慢する
- 今の生活に合わないフォーマットを無理に使う
- 手帳を開くのが億劫になる
こうなってしまうと手帳は味方ではなく、足かせになってしまいます。
手帳は「今の自分」を映す鏡
手帳の中身を見返すとその時の自分がよく分かります。
- 仕事中心だった時期
- 家庭のことばかり書いていた時期
- 目標や計画がぎっしり詰まっていた時期
- ほとんどメモだけだった時期
どれもその時点では「正解」だった使い方です。
後から見て「ブレている」と感じる必要はありません。
むしろ変化している証拠です。
人が変わらずに一年を過ごすことの方が、実は少ないのではないでしょうか。
「自分に手帳を合わせる」という考え方
私が今、大事にしているのは
手帳を完成させることより、手帳を機能させること です。
- 書きたいことが増えたらページを増やす
- 持ち歩きが重いと感じたらサイズを変える
- 考える余裕がない時期は最低限のメモだけにする
こうして「自分基準」で調整していくと、手帳は驚くほど使いやすくなります。
ルールを決めすぎない。
完璧を求めない。
その時の自分にとってちょうどいい形を探す。
それだけで十分です。
変えること=失敗ではない
構成を変えた結果、
「やっぱり前の方が良かったな」
と思うこともあります。
でも、それは失敗ではありません。
試したからこそ分かる感覚です。
むしろ何も変えずにモヤモヤし続ける方が、よほどもったいない。
手帳は何度でも組み替えられますしやり直せます。
人生と同じでやり直しがきくからこそ、柔軟でいられるのだと思います。
手帳はあなたのためにある
手帳は評価されるものでも見せるものでもありません。
誰かと比べる必要もありません。
あなたの目標、あなたの生活、あなたの気分。
それにフィットしていればそれが正解です。
「手帳に自分を合わせる」のではなく、
「自分に手帳を合わせる」。
この感覚を持てるようになってから、
私は手帳が以前よりずっと心地よい存在になりました。
これからも状況が変わればきっと構成は変わるでしょう。
でもそれでいい。
その時々の自分にちゃんと寄り添ってくれる手帳でありたいと思っています。
この記事のポイントまとめ
- 手帳構成を途中で変えるのは自然なこと
- 道具に自分を合わせる必要はない
- 手帳は「今の自分」に合わせて調整していい
- 変えることは失敗ではなく、最適化の過程
- 手帳は目標のための“手段”であって“目的”ではない

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